50代、ブログどころじゃなかった4月【前編】|事務員退職で仕事が崩壊した話

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ブログを書く余裕を失った50代管理職のイメージ

「3月、4月はブログどころじゃなかった…」

正直に言えば、
ブログどころではなかった。

人生の中でも、かなりしんどい時期だったと思う。

気づけば、一か月。
いや、二か月近く、ブログの更新は止まったままだった。

実は少し前までは、
AIを使って毎朝ブログを書いていた時期もあった。

「50代・会社員が挑戦!AIを使って朝1時間でブログを書く習慣の作り方」


事務員が辞めて、すべてが崩れ始めた

始まりは、昨年12月。

「今年度いっぱいで辞めたいです」

十年以上勤めてきた、ベテラン事務員からの言葉だった。

頭では理解できる。
いつか、こういう日は来る。

でも実際に聞いた瞬間は、違った。

——え……マジか。

そんな言葉しか、浮かばなかった。

年末は慌ただしく、すぐには動けなかった。

年が明けてから、求人を出した。

ハローワーク。
そして、Indeedにも求人を出した。

数日後、最初の応募が来た。

すぐに面接をした。

悪い人ではない。
でも——

「何かが違う」

うまく説明はできない。
けれど、胸の奥に小さな違和感が残った。

事務員募集の面接のイメージ画像

実は過去に、勢いで採用して失敗した経験がある。

だから今回は、慎重になった。

本音を言えば、すぐにでも人は欲しい。
引き継ぎの時間も、ほとんど残されていなかった。

それでも。

同じ失敗だけは、繰り返したくなかった。

結局、その人は見送った。


しばらくして、二人目の応募。

パソコン操作は問題ない。
経理経験はなかった。

最後に決め手になったのは、人柄だった。

面接中の空気が、どこか柔らかかった。

——この人にしよう。

そう決めた。


引き継ぎは、自分がやるしかなかった

引き継ぎ業務を一人で抱える50代管理職のイメージ

ただし、問題があった。

勤務開始は四月から。

つまり——

引き継ぎは、自分がやるしかない。

さらに、追い打ちもあった。

辞める事務員には、有給が三十日近く残っていた。

二月中旬からは、ほとんど出勤できない状態になった。

頭の中で、何度も同じ言葉が浮かぶ。

——引き継ぎ、間に合うのか…。


気づけば、休みのない毎日になっていた

休みなく仕事に追われ、疲れ切った男性のオフィス風景

気づけば、仕事は全部、自分のところへ流れてきていた。

仕分け入力。
銀行への入出金。
レストランの金銭対応。

もちろん、それだけでは終わらない。

元々の自分の業務もある。

管理者としての仕事。
サビ管としての責任。

しかも年度替わり。

ただでさえ忙しい時期だった。

集団指導。
各種申請。
理事会の準備。
支援計画の更新。

ひとつ終われば、また次。

終わりは、まるで見えなかった。


三月に入る頃には、生活そのものが変わっていた。

朝は七時前から動き始める。

気づけば、夜は二十時を過ぎている。

土曜日も。
日曜日も。

仕事だった。

休みは、ほとんどなかった。

趣味に触れる余裕もない。

ただ、疲労だけが、静かに積み重なっていった。


四月、本当のしんどさが始まった

四月。
新しい事務員は来た。
人にも恵まれた。

それなのに、
なぜか苦しさは消えなかった。

事務員が来なかったら、
私は終わっていただろう。

新しい体制は始まった。
だが、大変なのは変わらない。
いや、むしろ。
次々に難題が押し寄せてくるのだった。

続きはこちら(執筆中、近日公開予定)



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